Triangle Love Game
──STAGE 2──
「……前言撤回。」
そう呟くと、誰もいなくなった部屋で、一人歯噛みする。裏切られたという気持ちが、高耶の中にはあった。その眦には、微かに涙が滲んでいる。身体は小刻みに震えていた。
「あんな奴に……。」
その涙は屈辱からか、それとも……。
時は、二時間ほど遡る。
───トントン。
突然、ドアがノックされた。
(橘だ!……///。)
高耶は、何故かはしゃいでいる自分を恥ずかしく思いながら、ゆっくりとドアを開けた。
自分の前に立ちはだかる、身長190近い男。
確かに、橘の姿がそこにあった。しかし…。高耶にはどこか違う人物に思えてならない。
鳶色の瞳は、真っ直ぐに高耶を見つめている。否、睨むように凝視している。獲物を捕らえる鋭利な眼差し。ぎらつく双眸は、迷うことなく高耶を射抜く。
灼けるようだ。
身体の中から焦がされるような感覚に、背筋が慄く。
壁に押し付けられた両腕は、高耶の頭上で一纏めにされてた。片手で抑えられているだけなのに、力いっぱいもがくのに。ぴくりともしない。
(怖い。怖い。怖い……。)
未だかつて味わったことのない恐怖を、高耶は感じていた。恐怖に慄く高耶の顔を見て、橘は、端正な顔にうっすらと笑みを浮かべる。
「放せ、橘。…痛い、やめてくれ!」
そう叫ぶのに、橘はただ高耶の顔を見ているだけだ。
「た、ちばな…やめてくれ。やめ、て……。」
どれくらい、時間が過ぎただろう。たった数秒かもしれない。一時間も経っているのかもしれない。ただ、高耶には永遠とも思える時間だった。恐怖に怯える高耶には、長すぎる時間…。
二人の間の沈黙を破ったのは橘のほうだった。
「俺は橘義明ではない。俺の名前は直江信綱だ。」
「…どういうことだ?」
「俺は、橘であって橘ではない。橘の姿はしているが、別人なんだ。」
高耶は、怪訝そうに目の前の男を見た。
男は、真摯な顔つきで高耶を見つめる。嘘をついているとは思えない。
目の前の男は、確かに橘であって橘ではないようだ。別人ということは、『別人格』ということか!では、直江とは…橘のもう一つの人格。
「俺は、直江だ!」
「な、おえ…?」
そうだ、と答える気はないようだ。橘──いや、直江という男は、再び高耶を睨みつける。高耶も負けじと睨み返した。ありったけの力を、瞳に込める。不意に、直江の視線が和らぐ。口の端を上げ、微かに笑っている。
その態度が、表情が気に入らないと、高耶はさらに力を込めて直江を睨みつける。
「あなたは、そうやって私を誘っているの?かわいいヒトだ。あなたという人は。」
高耶は手負いの獣のように、全身で警戒する。
高耶の両手首を掴む手とは反対の手が、高耶の顎に触れた。直江の手は高耶の顎を上向かせ、
噛み付くように、唇を奪った。
深く、強く口付けられる。
飢えた獣のようだと高耶は思った。自分はその獲物だとも。
無理矢理抉じ開けられた唇の間から、舌を捻じ込まれる。初めて感じる他人のそれの感触を不快に思うが、抵抗はできなかった。進入してきた舌は、高耶の歯列をなぞり始める。
何度も繰り返される行為に、耐えられなくなり、眼をぎゅっと閉じるとそこから透明な雫がこぼれた。悔しくて、口惜しくて。同じ、『男』に自由にされる屈辱。高耶に耐えられるはずがない。懸命に眼を閉じている。
息をする間もないくらい、長く、深く、きつく、強く貪られ、高耶は抗う気力をも失ってしまった。
だが、眼の力だけは失われることはなかった。直江の真意を掴もうと、彼の顔を必死に睨む。
そんな高耶の視線に、気づいているのかいないのか。直江は、延々と貪り続ける。
二人は一言も言葉を交わさず、口づけを交わす。
部屋にはただ、時計の短針が時を刻む、その音が響く。
二人の絡み合う吐息とともに……。
まるで二人の監視者のような月が、窓を覆うカーテンの隙間から覗いている。真円を描く月。人々を狂わせる、青白い月明かりが、二人をうっすらと照らしている。
永劫とも錯覚しそうな沈黙を、破ったのは直江だった。
「義明は──」
急に喋り出す橘に驚きながらも、高耶は荒い息を吐きながら呼吸を整えようとする。
そんな高耶を気にもせず、直江は続けた。
「あいつには、こんなことはできない。だが、俺にはできる。…何故だかわかりますか?あいつは、こういうことが怖いんです。臆病なんですよ。───こういう行為を、虐待を受けてきたあいつには…耐えられないんだ。だから、俺が。」
───俺という人格が、つくられたんだ。
『直江』は、悲壮な顔でそう告げた。
あとがき
う〜ん、話がシリアスになってきてしまいました。
こんな進み方だと、終わりが先な感じが。自分でもどう終わるか分からないので、何ともいえませんが。
『直江』と『橘』で勝負してもらいたいのに、やはり『直江』が出張ってしまいます。
2004.5.17 鷹夜那岐
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