────春。

今年もまた春が来る。

桜の木に花が咲く。

いずれ散り逝く運命に抗うように、精一杯に花を咲かす。

薄く儚いその花弁。
吹けば飛ぶ脆い花。

人は桜を見て何を想い、何を感じるのだろう。


あの境内にポツリと咲く孤高の桜。
あれが人間だったのだと、
同じ世界を生きた者だったのだと、知るものはほとんどいない。




だが、あのひとは生きているのだ。
懸命に花を咲かせては散っていく。
気高く美しく力強く儚く優しく咲き誇る。






あれから一年が経とうとしています。
あなたにとっては長かったですか、それとも短かった?
あなたには譲さんが傍にいるから寂しくないのかもしれませんね。



烏の濡羽のような髪色の人に出逢うたび、
起こりもしない奇跡に思いを馳せてしまう。


この世の全ての命が尽きるまで換生しつづけることは、
やはり容易なことではないらしい。
こんなにもあなたに逢いたいと願ってしまう。

あなたの破片は私の魂の中で眠っているというのに。
一目姿を見たいと願ってしまう。


人とはやはり貪欲な生きものらしい。
あなたには永劫の孤独を埋めてあまりある幸福をもらったというのに。


移ろいゆく季節の中で、あなたとの思い出が鮮明に蘇る。
移ろいやすい人の心だからこそ、弱い心を持つからこそ、
あなたへの永劫の愛はより確かなものになるだろう。



どうかこれからも俺の行く末を見ていてください。
また来年も再来年も、その先も永劫、あなたの最期の宿体が眠るこの地へ。
あなたに逢うために帰ってくる。
あなたの分身のいる四国へ巡礼に行くのもいい。
今空海が全部で何人いるのか数えるのもいい。
仰木高耶としてあなたが育った松本、上杉景虎として出会った越後、阿蘇や足摺岬、京都や奈良、那智、伊勢
それからあの浜辺────
今年もあの浜辺には四百年前と変わらぬ風が吹き、波が押し寄せているだろうか。



凪いでいた風が不意に頭上を吹き付けた。
神宮の境内の木々が一斉にざわめく。
木々のざわめきは、あの海の小波にも似ていた。



『きっと変わらない。』

そう、高耶本人が囁いたような風は一瞬でまた凪いだ。





「直江ぇ、そろそろ行くか。」


長秀は、欠伸をしながらそう言った。
決して退屈だったわけではなく、
目尻にうっすらと残る涙を誤魔化すための嘘の欠伸だということを
長年の経験から直江は知っている。
軽く見えて意外と人情家でもある長秀は、唯一残った夜叉衆の仲間だ。
晴家はもう調伏をすることなく、普通の現代人として今の宿体の寿命を全うするつもりだと言う。



「そうだな。」


あなたとの思い出の地を巡り、
あなたと私の四百年の軌跡を辿り、
もう一度、いや幾度でもあなたの生きた証を見つける。


あなたとの"再会"までに。


そしてひとつ、
またひとつと季節が巡り、またひとつ歳を重ねる。
その度にあなたに一歩ずつ追いついていく。


桜はただ燃え尽きるかのように、静かに花弁を散らせている。

命が舞い落ちる。

直江の雫と交わって、地に降り積もる。 雪のように。


皐月の風に吹かれる雪の花は
二人の愛の証明なのだと

こんなにも美しく儚い桜は初めてだと

柄にもなく長秀は思った。













あとがき

仰木桜の下で、直江は何を思うでしょうか?
書き進めていくうちにだんだんと切なくなってきてしまいました。
なかしまみかの『桜色舞う頃私は一人〜』みたいな感じで…せつなすぎる。
一応直江誕生記念SSということにしたいと思います。